五月人形や兜のお下がりはダメ?一人一体の理由や飾る意味とは?

こどもの日に飾る五月人形や兜は一般的にどちらかの両親が準備してくれることが多いのですが、
それと同時によくあるのが子供の父親が使っていたお下がりを頂くこと。

でもお下がりってダメって聞いた事があるけど、、、、
いったい実際のところはどうなのでしょうか。

記念すべき我が子の初節句を気持ちよく迎える為に
早速その疑問を解決していきましょう。

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五月人形や兜はお下がりでもいいの?

こどもの日兜

五月人形や兜、鎧など初節句にははりきって準備をと思っていたら、
昔パパが使っていたものを義理のお母さんから使ってと言われること
意外とあるようですね。

でもママ友や周囲から五月人形やお雛様は一人に一体だから新しいものを買う
と聞いた事があるしどうしよう。。。

なんか厄がつくとか縁起の悪いことになるなんて嫌だし、
なんで義母はそんなこと言うんだろう、、、
なんて困っちゃう人も多いのではないでしょうか。

でも実はこれらの言い伝えは地域によって違うんです。

一人に一体でなくてはいけないと考えるところの方が多いですが、
先祖から代々受け継いでいく事が当たり前と考える地域もあります。

そう考えると一人一体なのかお下がりを受け継ぐのかは
人の考え方が各地域でどう定着したのかによるもの。

五月人形やひな人形を受け継ぐ地域では子供たちが病気や災難ばかり、
ということもありませんよね。

どちらが正しいということはないと言えそうです。

◎代々受け継ぐことの良さ

始まりは子供の幸せを願って親が子供へと吟味したもの。
いつが始まりにせよ、そんな親の想いがこもった五月人形を
子から子へと大切に継承されていくことは
人の温かい心をも受け継いでいく事につながります。
これまで紡いできた命の重みや歴史を感じながら
また自分の子への想いも一層深さを増すのではないでしょうか。

そして物を大切にという当たり前そうで忘れがちな気持ちも
思い起こさせてくれますね。

でも納得しない形でこどもの日は迎えたくありませんよね。

もしどうしても気持ちの折り合いがつかなかったり、
断りたいけれど角が立つので言いにくいなどの場合は、
古いものと新たに他の物を購入して華やかにするという考え方もあります。

兜があるなら金太郎などの五月人形を購入するというように。

そうすればその新しく仲間入りした兜や鎧、もしくは五月人形が
子供の一生を守ってくれるとママも納得できるのではないでしょうか(^^)

五月人形の一人一体の理由とは?

ではどうしてこどもの日の五月人形は
一人一体という考えが広く定着したのでしょうか。

人形はそもそも人の身代わりとなって厄を被ってくれると言う
宗教的儀式に使用されていたことが始まりで、
それが五月人形やひな人形に対しても同じように考えらていた背景があります。

そして五月人形や兜は子どもが無事に成長していってくれるようにとの願いで飾られ、
兜や鎧を付けた人形が生涯にわたって子どもを守ってくれると考えられています。

そのため、子どもの厄を背負ってくれた五月人形の役目は
その子どもに対しての役割を終えた時点で終わりという事になります。

ですので、こういった理由から五月人形のお下がりは
良くないという考え方があるようですね。

一度役割を終えたはずの五月人形をまた飾るということは
それまでの厄まで一緒に持ってくると考えられ、
縁起が悪いとされています。

そしてそれが広範囲に定着していった要因の一つとして、
人形屋さんでこのように一人に一つ購入するように勧めることがあると思います。

お店でそう言われるとやっぱりみんなそういうものかと思いますからね、
より一般的な考えと定着していくのに拍車をかけたのではないでしょうか。

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五月人形や兜を飾る意味とは?

現代ではこどもの日として祝われている5月5日ですが、
そもそもの由来から飾る意味を知ることで

→子どもの為に五月人形を新しく買う方がいいのか

→父親のお下がりを受け継ぎ飾るのか

納得のいく答えを導き出す助けとなるかもしれませんね。

この日は端午の節句とも言われますよね。
もともとはこどもの日としてではなく、
端午の節句として歴史上早くから親しまれてきました。

祝日法2条によると1948年(昭和23年)に
「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」
という趣旨で制定されたとあります。

「母に感謝する」?!と驚いた方も多いのではないでしょうか 笑

そうなんですよね、ここ、強調してもらいたいところですよね^_^;

こどもの日として正式に制定されたのはずいぶん最近に感じますが、
江戸時代以降に武家で盛大に祝われるようになった事が始まりと考えられています。

端午の節句自体は奈良時代から定着し始め、
五月に盛りを迎える菖蒲(しょうぶ)の節句とも言われていて、
今でも菖蒲湯に入って邪気を落とすといった風習が残っていますね。

時代が武家社会へと変化していった頃、
その「菖蒲=勝負」というゴロが同じことで菖蒲の節句である端午の節句の日に
武家の間で一族に生まれた後継ぎの為にお祝いされるようになりました。

その為武将が戦で身を守るための兜や鎧が飾られる風習ができ、
それが事故や病気など災いから子どもの身を守るためにと変化して
鎧かぶとをつけた人形や兜や鎧単体で飾るようになり、
現代に受け継がれているんですね。

ちなみに飾りは内飾りと外飾りがあって、

【内飾り】  五月人形・兜・鎧
※災いから身を守るという願いを込めて飾られます。

【外飾り】  鯉のぼり
※困難があっても鯉のように立ち向かい、将来の成功を願い飾られます。

こうして起源や五月人形や兜を飾る意味を見てみると
武家の親心がこうした風習を生み出したと言えますね。

まとめ

ここまで読まれて気持ちはどう固まりましたか?

育った地域の考え方がその人の基準となるので
五月人形は必ず一人一体でないとと考える人もいれば、
ずっと受け継いでいくものだと考える人もいるのは自然なこと。

子どもを大切に思う気持ちは同じなので、
どちらも否定し合うのではなくそういう考え方もあるのだと
寛容な気持ちで目線を変えて見てみるといいかもしれません。

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